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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)8212号 判決

原告 中田フミ

右訴訟代理人弁護士 敦沢八郎

前田政治

被告 松竹株式会社

右代表者代表取締役 大谷博

右訴訟代理人弁護士 椎名良一郎

吉原歓吉

右被告補助参加人 三井不動産株式会社

右代表者代表取締役 江戸英雄

右訴訟代理人弁護士 石川勝治

主文

別紙土地目録の土地は、原告の所有に属することを確定する。

被告は原告に対し、別紙土地目録の土地につき東京法務局板橋出張所昭和二六年一二月六日受付第二一〇〇〇号で被告のためされた同月五日付売買による所有権移転登記の抹消登記手続に協力すべし。

被告は原告に対し、別紙土地目録の土地を、その地上にある板塀を収去して明渡すべし。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

別紙土地目録の土地がかつて原告の所有であつたこと、右土地について被告のため原告主張の所有権移転登記がされてあることは、当事者間に争いがない。

被告の主張によると、被告は、右土地を原告からの買受人三井不動産からさらに買受けて所有権を取得し、三者の合意により中間登記を省略して右所有権移転登記を経たというのであるから、被告に本件土地の所有権があるとするには、その前提として、原告と三井不動産との間に、被告主張のとおり、別紙土地目録(一)ないし(三)の土地、同(四)(五)の土地の売買契約ができていなければならない。よつて、まず、この点について判断する。

第一に、原告自身が売買契約をしたかについて。

乙第九号証の二の原告の氏名は、被告の主張によつても、原告の書いたものではない(被告は三井不動産の社員山田哲也が書いたといつている)。

原告本人の供述によると、乙第一〇号証の四ないし七、乙第一五号証の一の中の原告の氏名は原告の書いたものでないことが認められ、また鑑定人町田欣一の鑑定の結果と原告本人の供述とを合せ考えると、乙第一〇号証の二、三、八、九、一〇の中の原告の氏名も原告の書いたものでないことが認められる。以上の認定をくつがえし、乙第一〇号証の二ないし一〇、乙第一五号証の一の中の原告の氏名が原告の自筆であることを認めることができるほどの証拠はない。

かように、被告が、原告と三井不動産との間に前記売買契約ができたことを証する書類であるとするものの中に、原告がみずから署名したものは一つもないのである。

原告は無筆ではなく、なかなか立派にその氏名を書くことができるのである(本人尋問の際の宣誓書しかり。原告の自署であることに争いのない乙第二六号証の一ないし六の原告の氏名の筆跡をみてもわかる)。この原告が、数ある証書のどれにも署名していないという事実は、原告がみずから売買の意思表示をしたことがないことを強く推測させるものといえる。

乙第九号証の二、三、乙第一〇号証の二ないし一〇、乙第一五号証の一、乙第三号証の中の原告名下の印影が原告の印によつて顕出されたものであることは原告の認めるところである。しかし、証人佐藤栄助(第一回)、同杉原俊二、同鈴木信三の各証言と原告本人の供述とを合せ考ると、それは鈴木信三が保管していた原告の印を、鈴木信三または三井不動産の社員等が、三井不動産の事務所などで右各証書に押したものであることが認められる。

証人上島得生(第一回)、同杉原俊二、同浅野庸治、同山田哲也の各証言のうち右認定に反する部分は採用することができない。

つぎに、証人上島得生(第一回)、同佐藤栄助(第一回)、同浅野庸治、同杉原俊二、同山田哲也、同石川勝治の各証言を合せ考えると、原告と三井不動産との間の昭和二六年九月二〇日の売買を証する書類であると被告がいう乙第九号証の三は同日三井不動産の事務所で、また原告と三井不動産との間の昭和二六年九月二一日の契約を証する書類であると被告がいう乙第三号証も同日やはり三井不動産の事務所で作られたものであることが認められるが、それぞれの場所に原告が居合せたかについては、証人上島得生(第一回)、同佐藤栄助(第一、二回)、同浅野庸治、同杉原俊二、同山田哲也の各証言の中には原告が右の場所に居合せた旨の部分があるが、これはつぎにあげる証拠に照らして信用することができず、他に原告が右の場所に居合せたことを認めることができる証拠がなく、かえつて、証人鈴木信三、同松岡徳太郎、同蔡炎貴の各証言と原告本人の供述とを合せ考えると、原告は昭和二六年九月はじめごろ金策のため埼玉県久喜町の実家松岡徳太郎方に赴き、母急病のため同年一〇月上旬までそこに滞在していたので、同年九月二〇日、二一日当時は前記証書作成の場所であるという三井不動産の事務所に赴くに由なかつたことが認められる。

結局、原告が三井不動産との間にみずから売買の意思表示をしたことは認めることができない。

第二に、鈴木信三が原告から代理権を与えられて原告のために被告主張の売買契約をしたかについては、原告が鈴木信三に対してそのような代理権を与えたことを認めることができる十分な証拠はない。

さいごに被告の表見代理の主張について。

鈴木信三が前記各行為につき原告のための代理行為をしたかについては争いがあり、その明示の代理行為をしたことについてはこれを認めることができる何らの証拠がない。しかし、当事者間に争いのない、鈴木信三が原告の姉の夫であり、昭和二六年九月二〇日、二一日当時原告の実印を持つていたことと、証人上島得生(第一回)、同佐藤栄助(第一回)、同鈴木信三、同浅野庸治、同杉原俊二の各証言によつて明らかな、乙第九号証の三(昭和二六年九月二〇日の契約書)、乙第三号証(同月二一日の契約書)が三井不動産の事務所で作られるとき鈴木が右実印を持つてそこに出頭して土地売却の話しをした事実から考えると、鈴木は前記各行為につき原告を代理する行為をしたと推認することができる。

そして、乙第二一号証の一、二、乙第二六号証の八(いずれも真正にできたことに争いがない)と証人鈴木信三の証言、原告本人の供述とを合せ考えると、原告はかねて本件土地を担保として呉主恵から一一〇万円、蔡炎貴から三七〇万円を借用中であつたところ、昭和二六年九月はじめ頃右借金を借りかえることを希望し、鈴木信三に、他から右借金返済のための金員を借り受けることを委任し、その旨の代理権を与えたことが認められる。

結局、鈴木は与えられた代理権の範囲をこえて原告のため前記売却の行為をしたことになるが、特別の事情の認むべきものがない限り、三井不動産は、原告を代理して本件土地を売却する権限が鈴木にあると信じたであろうと推定される。

原告は「売買契約書に売買代金は原告、鈴木、上島、佐藤の四名のうち誰に払つてもよいようになつていることは、鈴木に原告を代理する権限のないことを三井不動産が知つていたことを推察させるものである」とか「三井不動産は、上島、佐藤と通謀して、原告が女であることにつけ込み、鈴木が原告の印をもつているのを悪用し、原告が三井不動産に本件土地を売つたようにこしらえ上げたものである」とかいうが、それらの事実を認めることができる証拠はない。

ところで、三井不動産が、鈴木に原告を代理する権限があると信じたにつき正当の事由があつたといえるかどうか。

原告は、原告を売主とし三井不動産を買主とする前記売買に関して鈴木に印鑑証明書を交付し、鈴木が右売買行為をすることを知つていたという被告主張の事実については、この点に関する証人佐藤栄助の証言(第二回)は信用することができず、ほかにその事実を認めることができる証拠はない(被告がもつとも力説するのは、原告がみずから売却の意思表示をしたというのであるが、その主張は前記のとおり排斥された)。

乙第二〇号証の一(真正にできたことに争いがない)と証人上島得生(第一回)、同佐藤栄助(第一、二回)の各証言とを合せ考えると、鈴木は「鈴木は原告がさきに本件土地を買受けた際金を出し、本件土地につきいわば実質上の持分をもつている。」といつていたことが、また乙第一〇号証の二、三と鑑定人町田欣一の鑑定の結果とを対照し、証人上島得生(第一回)、同鈴木信三の各証言と合せて考えると、鈴木は本件土地の売買代金受領のため三井不動産に出頭し、原告名義の代金受領証に原告の氏名を書き、その名下に押印したことがあることが認められるが(鈴木証人の証言中右認定に反する部分は採用することができない)、これらの事実によつて前記売買契約締結につき鈴木に原告を代理する権限があると三井不動産が信ずべき正当の事由があつたとすることはできない。

しかし、さきに説明したとおり、鈴木は原告の姉の夫であり、昭和二六年九月二〇日、同月二一日当時原告の実印をもつていて(もつとも証人鈴木信三、同藤山長治の各証言、原告本人の供述を合せ考えると、その印は鈴木が原告の不在中原告方から勝手に持ち出したものであることが認められるが)、乙第九号証の三(昭和二六年九月二〇日の契約書)、乙第三号証(同月二一日の契約書)が三井不動産の事務所で作られるときそこに出頭していたのである。この事実によると、昭和二六年九月二〇日、同月二一日の前記契約につき鈴木に原告を代理する権限があると信ずるのは一応もつともであるようにみえる。

しかし、この点を決するには、なお次の諸点を検討しなければならない。

被告は、昭和二六年九月二〇日、同月二一日の各契約には鈴木も売主として加つている旨主張しており、事実、乙第九号証の三、乙第三号証には売主として鈴木の名も出ている。そして、証人上島得生(第一回)、同佐藤栄助(第一回)、同石川勝治の各証言によると、このように鈴木が売主に加つたのは、本件土地には鈴木も利害関係をもつていて、原告の利益と鈴木の利益とは必ずしもすべての点で一致すると限らぬようにみえていた関係から、買主側が、鈴木も売主に加わることを希望したことによるものであることが認められる。

国鉄線池袋駅に近い本件土地一帯は東京都における屈指の新発展地であることは、当裁判所に顕著なところである。このようなところの土地を約三七〇坪という広さにわたつて鈴木が原告の代理人となつて売ろうというのである。しかも鈴木は前記事情から売主の一人にもなろうとしていたのである。鈴木としては原告から委任状(代理権の授与を証する書面)をもらつて行動するのが常識である。そうでないと買主としてもあぶなくてしかたがないと感ずるのが普通である。しかるに、弁論の全趣旨によると、鈴木は原告から委任状などもらつたことがないのである。

鈴木が原告の委任状をもたぬとすれば、買主である三井不動産が直接原告に、代理権授与の有無を問い合せるのも一つの方法である。この屈指の発展地にある広い土地を買おうというのであるから、そうするのが普通である。しかるに、三井不動産が特にそれをしたという証拠はない(被告がもつとも力をいれて主張、立証しているのは、原告が、三井不動産の事務所に出頭して、みずから売却の意思表示をしたということである。この主張の排斥されたことは前記のとおりである)。

このようにみてくると、鈴木が原告の姉の夫で、昭和二六年九月二〇日、同月二一日当時原告の実印をもつて、乙第九号証の三、乙第三号証の契約書が三井不動産の事務所で作られるとき、そこに出頭したという事実があつたにかかわらず、三井不動産が鈴木に前記代理権があると信じたについてはやはり落ちどがあつたとみるのが相当である。

表見代理に関する被告の主張も失当である。

なお、以上説明してきたところで明らかになつたとおり、前記乙第九号証の二、三、≪省略≫のうち原告作成名義の部分は真正なものということができず、また乙第九号証の二、三にもとづいて作られたものと認められる乙第二号証によつて被告主張の原告と三井不動産との間の売買の事実を認めることもできない。

してみると、三井不動産は別紙土地目録の土地の所有権を取得するに由なく、したがつてまた、残る争点を判断するまでもなく、被告も右土地の所有権を取得するに至らなかつたものといわなければならない。

したがつて、別紙土地目録の土地は現に原告の所有に属するものであり、被告は原告に対し、前記所有権移転登記の抹消登記手続に協力する義務を負うものというべく、右土地につき所有権確認と抹消登記手続とを求める原告の請求は正当である。

つぎに、被告が別紙工作物目録の板塀を所有して右土地を占有していることは被告の認めるところであるから、被告は土地所有権者である原告に対し、右板塀を収去して右土地を明渡すべき義務を負うものというべく、この部分の原告の請求は正当であるが、別紙工作物目録の工作物中板塀を除くその余の物を右土地の上に所有していることについては何も証拠がないから、被告に対してその収去を求める原告の請求は失当である。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法九二条但書を適用し、仮執行の宣言は相当ならずと認めてつけないことにして、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広)

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